事務所トピックス

医療と人権

弁護士 海野 宏行
1 医療と人権

医療について人権の問題を考えるとき、近時真っ先に浮かぶのは、いわゆる医療過誤の問題でしょう。神奈川県内だけでも、ある大学病院の患者取り違え事件、別の大学病院において続いて起こった内視鏡の事件、脳血管医療センターによる内視鏡下穿頭血腫除去の事件等々、まだ記憶に新しいところです。そして全国的にみれば、それこそ毎日のように医療事故の事件が報道されています。

そこでは、私たちの最低限度の願いである健康な日々を送っていきたいという思い、傷病からは立ち直っていきたいという権利を侵害されるのみならず、その前提として、自分の生き方につながる「自己決定権」、即ち、傷病の場合、自分で治療方法等を納得の上で承諾したり選択していけるという権利をも侵害され、最悪の場合には、医療上の過誤で人権の享有主体である人間の「生命」まで奪われるという実態があります。

2 普段の生活の中で

普段の生活の中でまず自分自身でできることは、疾病についての正しい知識を身につけ健康な規則正しい生活を送ることでしょう。しかし、例えば、我が国において年間の全死亡者のうちの3人に1人が癌で死亡するという現実、糖尿病患者は約890万人、その予備群を含めると40歳以上の3人に1人に上るといわれていること、高血圧と推定されている人は約3500万人に上る、というような深刻な事態を考えると、医療機関の利用なくして過ごすことは難しいといえます。

3 入・通院、療養の途上で

さて、このように、私たちが医療機関を利用することになったとき、どのように私たちの[権利]を守ったらよいのでしょう。

確かに、医療の現場でも医療事故を減らすべく、様々な努力を行っているでしょう。が、医療という専門家による高度なことがらといえども人間の行うことですから、そこにはミスが生じえます。昔のように「全てを先生にお任せします」、ということでは、質の良い医療を受けることは困難です。そこで、自らの治療について[自己決定権] を持つこと、すなわち自分のことは自分で決めていくという姿勢が大切になってきます。

入・通院するようになってからでも遅くはありません。まず、その傷病について自分で調べてみましょう。特にインターネットの活用をお勧めします。まず、大学医学部のホームページ、国立がんセンターのホームページなどを見てみましょう。もちろん、ご自分が入院している病院の情報も必ず調べておきましょう。

こうやって調べていくことは、場合によっては、辛い現実・将来と向き合うことになるかもしれないことですが、「自己決定権」の考え方からすれば、乗り越えなければならない第一歩なのです。

こうして自分で、自分の病気について調べていくと、医師の説明がよく分かるようになりますし、様々な検査の必要性と内容、その数値の上昇・下降の持つ意味が分かるようになります。そうすれば、疾病と戦っている自分の姿が明確に意識され、前向きな気持ちも出てくることでしょう。

幸い、神奈川県内の9つの県立病院では、平成16年の7 月からセカンドオピニオンの受付を制度化しています。主治医の紹介状が必要ですが、よりよい治療法を探す等に利用ができます(この制度を利用されたい方は、各県立病院に電話して、必要な資料などを確認の上、必ず予約を取って下さい) 。

4 例えば手術の前に

投薬治療等では手に負えないときや聞に合わないときは、いよいよ「手術」ということになることがあります。ここで大切なのは、それまでに蓄えた知識を総動員して、手術について説明してくれる医師の話を良く聞くことです。少しでも分からないことがあったら、質問をためらってはいけません。インフォームドコンセントは医療関係者のためにあるのではありません。「自己決定権」を持つ患者さん自身のためにあるのです。遠慮せず、その手術一般のリスクの程度、成功率、術者の確認( 説明をしてくれる医師が執刀医とはかぎりません) 、術者の経験等の症例数とその成功率、予想される合併症とその対策、予想される後遺症、専門の麻酔科医はついてくれるのか否か(麻酔科の医師は、単に患者さんに麻酔をかけるだけが仕事ではありません。術中の患者さんのバイタルサイン等に常に目を光らせ、場合によっては、外科医に必要なアドバイスをすることもあります) 、等々、十分に納得してから、その後で手術の説明・承諾書に署名するようにしてください。

5 過誤性が疑われるとき

不幸にして、医療過誤が疑われる結果が生じた場合です。難しいことですが、出来る限り感情的になる気持ちは抑えて、医師の説明を聞きましょう。そのときは、患者さん側は出来る限り複数で聞くことにして、例えば、ひとりの方が主に医師との会話をし、そのほかの方は、分担して出来るだけ詳細にメモを取りましょう。医師が専門用語ばかりを使い、意味がよく分からないときは、遠慮無く一般人に分かる易しい言葉で説明して貰い、場合によっては、文献をコピーしてもらったり、医師に図を書いて貰ったりしてとにかく、詳しく話を聞きましょう。

大変つらいことですが、死亡事件の場合は「解剖」も考えてみましょう(私が、担当しているある事件では、遺族の方が警察に解剖を要語されました。その結果、監察医による詳細な死体検案書が作成され、当該病院の死亡診断書の曖昧さが明らかになっていき、ひいては医師の過失が推定できるに至ったケースがあります)。

さらに納得出来ない場合ですが、診療経過を日時の順に良く整理して(私たちはこれを時系列表といいます) 、出来れば、弁護士に相談してみましょう。最近、カルテ開示制度が進み( この制度自体は、ある意味で「知る権利」の実現でもあり良いことだとは思うのですが・・・) 、患者さん( その遺族) がカルテ開示してもらってから、ご相談に見えるケースが増えていますが、はたして、その開示カルテは改ざんされてはいないでしょうか? そのカルテ類で病院にある記録は全てなのでしょうか? 看護記録は含まれていますか? X腺写真等はありませんね? レセプト(診療報酬明細書の控えのことです。病院でどのような薬品が使われたか、どのような検査が行われたかなど保険点数計算上の書類ですが、事案解明に大いに、役に立つ場合があります) も当然ありませんね?それでは、診療の実態は明らかに出来ません。

弁護士に相談すれば、弁護士は、過誤性ありと判断すれば「証拠保全」(弁護士が申し立てる裁判所の手続きで、裁判官と申立代理人弁護士が当該病院に行って、カルテ類をコピー、写真撮影等して入手する手続き)をお勧めレ依頼を受ければ、この手続きで、カルテ類を入手するのです。そして、弁護士はそのカルテ等を検討し、協力医の意見を聞くなどして過誤性を検討し、それを明らかにして救済に繋げていくのです。

6 医療と人権は2人3脚で

以上のような事を書いてきた私も( 不慮の交通事故等で即死でもしなければ) 、近い将来、病院の先生方のお世話になり。、様々な薬を処方され、手術を受けるようになり、最終的には、病院(あるいは施設等) で最後を迎えることになることからは逃れようもありません。だからからこそ、自分でも出来るだけ正確な医療の知識を身につけ、医療関係者にはよりよき医療を求め、十分なインフォームドコンセント、即ち、治療についてよく説明を受けた上で「自己決定」し、医療関係者に具体的な治療をお願いしたいと思っています。

今、私が担当している医療過誤事件についても、個別被害の救済は当然として、これからは当該医療機関に「よりよき医療」を実現していって欲しい、という思いで取り組んでいます。そして、その過程では、医療被害者( その遺族の方々) と弁護士との2 人3脚が不可欠です。この2 人3脚がうまくいった時にこそ、よりよい解決ができて来たな、と実感しています。 ここで、翻れば、元々医療とは患者さんの持っている自然治癒力をいかに医療関係者が上手く引き出して恢復させていくか、の過程だと思います。そこでは、やはり患者さんと医療関係者、特に医師の先生方との2人3脚が不可欠だと思います。医療技術や知識の習得は当然の前提として、医療関係者には、患者の臓器を見るだけではなく患者さんを一人の人間として、人権の主体として、接していただきたいと考える次第です。そこから、丁寧なインフォームドコンセント、手術のあとの丁寧なケアなどが当然に出てくるのではないでしょうか。

「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、‥ ・最大の尊重を必要とする」(憲法13条) 。患者さんたちが個人として尊重されることを切に願ってやみません。

更新日 : 2011年11月02日 > 事務所トピックス, 医療過誤